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信州極寒ツーリング2


突然部屋の電話が鳴った。

まだカーテンを開けていなかったので、時間が分からない。

「おい『無限力』外を見たか」。

なんのことやらと、ホテルの重いカーテンを開けるやいなや雪景色が飛び込んできた。

「昨日はあんなにいい天気だったのに」
瞬時にに二つのことが頭の中を駆け巡った。

このままバイクを置いて東京に帰るか、何としても乗って帰るか。

ゆっくり考えようとしたが、雪がどんどん積もっていく。

明日は月曜だ。



「さっさと帰ろうぜ」結論は早かった。

僕たちは猛スピードで支度を済ませ、宿を出た。

「碓井バイパスが雪で閉鎖になるかもな」と心配しながら路上でルート検索をした。

たとえ閉鎖しなくても幹線道路は交通量が多い。

二輪で恐る恐る走っても、後続車に煽られるか、渋滞になるのがオチだ。

それならばということで、佐久まで行ってR254で藤岡に向かうルートをとった。



一応雨対策としてレインウエアは用意してたが、雨用手袋までは用意してなかった。

行程雨降らずと見込んでの出発だったからである。

バイク用の普通の手袋と、同じく厚手の手袋の2種類を持参していた。しかし、これでは雨はもちろん雪の対策にもならない。

みるみるうちに手袋は濡れ、手がかじかんできた。
またレインウエアは登山用で軽いがその分薄く、じかに冷たさが伝わってくる。

しかもシールドは雪が着いて視界も悪い。最悪だ。



この天候のためか、佐久に向かう国道には車がほとんどなかった。

モノトーンの暗く殺風景な風景に嫌気が差しても、とにかく走らなければならない。

1時間以上もかかって、やっとのこと佐久から富岡街道に入り、藤岡を目指すルートに乗った。

しかし車が少ないのはいいが、寒く寂しい雪景色に早くも戦意喪失である。


途中、何回か止まりながら手袋を絞り、滴り落ちる水に悲しさを覚えながら、ため息ばかりついていた。

あと何キロかなんて考える余裕はない。考えた途端、目の前が暗くなる。

同じ理屈で「寒い」とは考えないようにした。



しばらく走ると「カップヌードル」の自動販売機を発見した。

待ってましたとばかりモノを買って、いざお湯をと思ったら故障してお湯が出ない。

「サギだ」と思っても怒る相手がいない山の中。ただ空しい思いがこみ上げる。

その時、O君は持参した雨よけのレインガードをなにげにシールドに塗りはじめた。

なんでコイツこんなもの持ってるんだ??と思うやいなや「『無限力』もこれを内側に塗れば曇らないよと」いいながら貸してくれた。

ずいぶん準備がいいよなと思いつつ、塗ってはみたが、少しギラギラする。だがありがたい。

しかし彼の装備は完全だった。

今思えば、せめてコンビニの袋を両手袋の上から被せれば、濡れずにすんだものをと思うが、智慧がなかった。

そしてまた暗澹たる思いで、ゆっくりと峠道を下りていった。



この時ひとつ発見したことは、新雪が意外にグリップするということだ。

アイスバーンなら無理な話だが、初心者の僕でもゆっくりカーブを下りてこられたことを考えれば、雪の降り始めはそれほど恐れる必要はないようだ。

だが何度か「ズズー」っと滑ったときにはさすが肝を冷やした。

記憶では一回転んだと思うが、その時は自分よりバイクのことが気になった。

こんなところで動かなくなったら最悪だ。

当時は携帯もないし、山の中では公衆電話があるわけでもない。
まして民家もない。

幸いなことは、二人連れで心強かったことだ。



しばらく走ったら、おみやげ屋があった。

「みそ田楽」ののぼりもある。

温かい缶コーヒーと、下仁田こんにゃくを一気に流し込み、やっと「寒い!」を連発した。

寂しいときには寂しい歌が聴けないように、寒いときには寒いと思いたくない。

だがこの先100キロ以上の行程はツライものがある。

婆さんとひと通りの話をしながら、しばらく暖をとった。



意を決して店を出たのもつかの間、また手がじんじんと痛い。

みそ田楽はまぼろしだったのか、はたまた婆さんは雪女だったのか。ひとときの夢から覚めたように冷たい雪景色は続いた。


そして、ただひたすら耐えて耐えて、ようやく市街地に来たときには、思考も停止していた。

途中トイレも見つからないし、あったとしてもその時間で前に進んだほうがいい。とにかくアクセルを回すしかなかった。

ようやく藤岡インターに近づいてきたときには、雪も小雨に変わっていた。

高速は規制されていなかった。僕たちは一気に練馬出口に向かってスピードを上げた。


この経験が後に同じようなことがあっても、もちろんその時はまた同じようにツライんだけど、あの時あそこまでガマンできたんだからまだヘイキだという自信に変わり、少々のことは我慢できるようになった。



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